「医療的ケア児でも、保育園に入れるのだろうか?」
わが家の次男Aoは、NICU退院後も在宅酸素などの医療的ケアが必要でした。
退院して家族そろって暮らせるようになった一方で、今度は「保育園に入れないかもしれない」という問題に直面します。
しかも、それは単なる保活の問題ではありませんでした。
通常の流れなら、Aoが保育園に入れるのは2027年4月。
しかし、妻が仕事を続けるためには、それより約2か月早く復職しなければなりません。
この2か月を縮められなければ、妻が仕事を失う可能性がありました。
妻は役所をはじめさまざまなところへ相談し、私も市議会議員や県議会議員へ陳情。
そして2026年9月9日現在、まだ正式決定ではないものの、2027年2月までの入園に向けて具体的に動き始めています。
この記事では、わが家が実際に直面した医療的ケア児の保活について、在宅酸素や看護師配置などの受入体制、親の復職との問題、そして現在までの経過をまとめます。
医療的ケア児の保活は、「どこの保育園にする?」だけでは終わらない。
同じように子どもの預け先や復職に悩んでいる方に、わが家の経験が一つの参考になれば幸いです。
医療的ケア児は保育園に入れる?在宅酸素でも受入可能な園はある

「医療的ケアが必要な子どもは、保育園に入れないの?」
わが家もAoの退院後、この問題に直面しました。
結論からいうと、医療的ケア児だからという理由だけで、保育園に入れないわけではありません。
在宅酸素や吸引、経管栄養などが必要な子どもを受け入れている自治体・保育施設もあります。
ただし、実際に入園できるかどうかは、自治体の制度や園の受入体制、必要な医療的ケア、看護師の配置などに大きく左右されます。
わが家が実際に保活をして感じたのは、「制度上は入園できる」と「必要な時期に預けられる」の間には、大きな壁があるということでした。
医療的ケア児支援法で保育体制の拡充が求められている
2021年に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)」が施行されました。
この法律では、医療的ケア児とその家族への支援を国や地方公共団体の責務とし、保育所などで医療的ケア児を受け入れるために必要な措置を講じることが定められています。
つまり現在は、
「医療的ケアが必要だから、保育園は無理」
と一律に考える制度ではありません。
一方で、この法律によって希望する園への入園や、希望する時期からの受入れが必ず保証されるわけでもありません。
ここが、医療的ケア児の保活を難しくしているポイントの一つです。
在宅酸素・吸引・経管栄養に対応する自治体もある
「在宅酸素を使っていたら保育園には入れない」と思われるかもしれませんが、これも全国共通のルールではありません。
自治体によっては、
- 酸素療法
- 喀痰吸引
- 経管栄養
- 導尿
- 血糖測定やインスリン注射
などを必要とする子どもを、医療的ケア児保育の対象としています。
ただし、対応できる医療的ケアの内容や対象年齢、受入可能な園などは自治体によって異なります。
そのため、これから保活を始める場合は一般的な保育園の空き状況だけでなく、
「わが子に必要な医療的ケアに対応できる園があるのか」
を自治体の保育担当部署へ早めに確認することが重要です。
それでも看護師配置や受入枠などで入園できない場合がある
医療的ケア児を受け入れるには、子どもの状態に応じた支援体制が必要になります。
そのため、
「保育園に空きがある」
というだけでは入園できないことがあります。
対応できる看護師が配置されているか、医療的ケア児の受入枠があるか、園側が必要なケアに対応できるかなど、通常の保活とは異なる条件が加わるからです。
そして、この問題で本当に厳しいのは、子どもの預け先が見つからないことだけではありません。
保育園に入れなければ、親は仕事に戻れない。
育児休業には期限があり、勤務先の制度によっては復職できなければ退職につながることもあります。
わが家にとっても、この問題はやがて、
「Aoが保育園に入れるか」ではなく、「妻が仕事を失わずに済むか」
という問題になっていきました。
在宅酸素が続くと知り、わが家の保活計画が崩れた

AoがNICUを退院し、自宅での生活が始まったころ。
私たち夫婦は、すでにその先の保育園と仕事について考えていました。
ところが、ある日の診察で主治医から聞いた一言によって、その計画が一気に崩れます。
医師から「在宅酸素が外れるのは1年後くらい」と言われた
AoはNICU退院後も、在宅酸素療法(HOT)が必要な状態でした。
もちろん、退院してすぐに酸素が外れるとは思っていません。
それでも私たちは、どこかで「少しずつ状態が安定して、保育園に入るころには外れているのではないか」と考えていました。
ところが診察で今後の見通しを尋ねたところ、主治医から返ってきたのは、
「酸素が外れるとしたら、1年後くらいかな」
という話でした。
夫婦で絶句しました。
病状が悪化したと言われたわけではありません。
在宅酸素が続くこと自体より、その瞬間に頭に浮かんだのは保育園のことでした。
「……それだと、保育園どうするの?」
ここから、それまで考えていた予定が一気に狂い始めます。
わが家の前にあった「医療的ケア児の受入体制」という壁
当時、私たちが自治体から受けていた説明では、Aoのように医療的ケアが必要な子どもを受け入れるには、通常の保育園入園とは別に受入体制を整える必要がありました。
特に問題だったのが、Aoに必要な医療的ケアと、それに対応する人員です。
「保育園に空きがあるか」だけを見て申し込めばいいわけではない。
Aoを安全に預かれる体制がある園を探さなければならない。
ここで初めて、一般的な保活とは違う難しさを実感しました。
なお、これは私たちが暮らす自治体で、Aoの状態について相談した際の話です。
前述したように、在宅酸素を使用していても受け入れている自治体・保育園はあります。医療的ケア児の受入条件は全国一律ではありません。
「酸素が外れれば入園できる」と考えていた計画が崩れた
それまでの私たちは、
「Aoの酸素が外れる → 保育園に入る → 妻が復職する」
という流れを想定していました。
もし予定より少し遅れたとしても、その間は私が無給の育児休業を取得してつなぐことも考えていました。
決して余裕のある計画ではありません。
それでも、夫婦どちらかが仕事を失うことなく、何とか乗り切れると思っていました。
ところが、在宅酸素が1年ほど続く可能性が出てきた。
そうなると、Aoの保育園入園が妻の育休期限に間に合わないかもしれません。
私が育休を取って数か月つなぐ程度では解決できない可能性も出てきました。
ここで初めて、
「Aoが保育園に入れなかったら、妻は仕事に戻れないのでは?」
という現実が見えてきました。
医療的ケア児の保活が、単なる「保育園探し」ではなくなった瞬間でした。
医療的ケア児の保育園入園を左右する「受け入れ体制」の壁

医療的ケア児の保活を始めて分かったのは、「保育園に空きがある=入園できる」ではないということでした。
Aoの場合、必要な医療的ケアに対応できる体制まで整って、初めて入園の話を進められます。
医療的ケアの内容によって対応できる園が限られる
ひとことで「医療的ケア児」といっても、必要なケアは子どもによって違います。
在宅酸素、喀痰吸引、経管栄養など、必要なケアによって園側に求められる設備や人員も変わります。
Aoにも複数の医療的ケアがあります。
そのため保活では、
「どこの保育園に空きがあるか」
より先に、
「Aoに必要なケアを、どこの園なら安全に行えるのか」
という問題がありました。
選べる園そのものが、最初から限られてしまうのです。
看護師がいるだけでは入園できるとは限らない
「それなら看護師がいる保育園を探せばいいのでは?」
と思うかもしれません。
ところが、これも単純ではありません。
看護師が配置されていても、その看護師が通常の園児の健康管理などを担当している場合があります。
また、医療的ケア児を受け入れるために必要な人員配置や勤務時間、園内の体制などが整っていなければ、実際の受入れにはつながりません。
つまり重要なのは、
でした。
自治体や園によって受入条件が違う
さらに難しいのが、医療的ケア児の受入条件が全国一律ではないことです。
自治体によって、対象となる医療的ケア、年齢、受入人数、対応できる園などが異なります。
だからネットで、
「在宅酸素でも保育園に入れた」
という体験談を見つけても、それがそのまま自分の地域でも当てはまるとは限りません。
逆に、ある園から「受入れは難しい」と言われたからといって、医療的ケア児だから保育園そのものが無理だとも限らない。
わが家も、この「制度と実際の受入体制の差」に振り回されることになります。
そしてAoの入園時期を具体的に考えたとき、さらに深刻な問題が見えてきました。
通常のルートで進めば、Aoの入園は2027年4月。
一方、妻が仕事を続けるためには、それより前に復職しなければなりません。
このわずかな時期のズレが、わが家にとっては非常に大きな問題になりました。
保育園に入れないと妻が復職できない|わずか2か月が失職を左右した

Aoの保育園入園について通常のルートで進めた場合、想定されていたのは2027年4月入園でした。
「4月なら、あと少しじゃない?」
そう見えるかもしれません。
でも、わが家にとって問題だったのは、そのわずか2か月でした。
妻が仕事を続けるには2027年2月の復職が必要だった
妻には、勤務先の規定上、育児休業を取得できる期限があります。
その期限を迎えるのが2027年2月。
それまでに復職できなければ、退職することになるという状況でした。
つまり、
妻の復職期限:2027年2月
通常ルートでのAoの入園:2027年4月
たった2か月。
でも、その2か月を埋められなければ、
「保育園が決まる2か月前に、妻が仕事を失う」
ということになります。
私たちにとって、この2か月は単なる入園時期の違いではありませんでした。
妻がこれまで続けてきた仕事を守れるかどうかを左右する2か月でした。
保育園に入れなければ「復職したくても復職できない」
もちろん、妻が働きたくないから復職しないわけではありません。
働くためには、勤務時間中にAoを安全に預かってもらえる場所が必要です。
でも、Aoには医療的ケアが必要。
一般的な保育園に空きがあったとしても、それだけでは預けられません。
妻が当時、
「別に積極的に働きたいわけじゃない。でも、家のローンもあるし……」
と話していたことを覚えています。
かなり現実的な言葉だと思います。
子どものことを考えれば、そばにいたい気持ちもある。
一方で、住宅ローンも生活費もあります。
医療的ケア児を育てているからといって、家族の生活に必要なお金までなくなるわけではありません。
それなのに、
「子どもを預けられないから働けない」
という状況が、現実にわが家の目の前まで来ていました。
私が無給育休を取ってつなぐ計画でも間に合わなかった
もともと私たちは、Aoの入園が妻の復職に少し間に合わなければ、私が無給の育児休業を取得してつなぐことも考えていました。
数週間、あるいは数か月なら、それで何とか乗り切る。
そんな想定です。
ところが、在宅酸素が長く続く可能性が分かり、医療的ケア児として受入体制を整えなければならないとなると、話が変わってきました。
いつ入園できるのか分からない。
私が仕事を休めば、その間は当然収入も減る。
そして妻には復職のタイムリミットがある。
「誰かが仕事を休めば解決する」という単純な問題ではなくなっていました。
通常ルートの2027年4月入園を待っていたら間に合わない。
それなら、入園できる時期そのものを何とか前に動かせないか。
ここから妻は役所をはじめ、さまざまなところへ相談するようになります。
私も、市議会議員や県議会議員へ状況を伝えることにしました。
医療的ケア児の保活は「預け先」だけの問題ではなかった

Aoの保活を経験して感じたのは、医療的ケア児の保育問題は単なる「預け先探し」ではないということです。
保育園に入れなければ親が働けない。
親が働けなければ、世帯収入やその後のキャリアにも影響します。
子どもの福祉の問題と、親の就労の問題が完全につながっていました。
働けなければ世帯収入そのものが減る
医療的ケア児がいる家庭では、通院や入院、日々のケアなど、子どものために必要な時間が増えることがあります。
そこへ「保育園に預けられない」という問題まで加われば、どちらかの親が仕事を減らしたり、休んだり、場合によっては辞めたりせざるを得なくなります。
わが家も、妻が退職することになれば世帯収入は大きく変わります。
住宅ローンや生活費は、その後も続きます。
だから「保育園に入れるかどうか」は、家族の生活設計そのものに関わる問題でした。
医療費への支援があっても、失った収入まで補われるわけではない
医療的ケアが必要な子どもには、状態や家庭の条件に応じて医療費助成や各種手当などを利用できる場合があります。
わが家も、利用できる制度には本当に助けられています。
ただ、それと親が働けなくなることによる収入減少は別の問題です。
支援制度があるから、親が仕事を失っても生活に影響しない。
そんな単純な話ではありません。
「働きたいのに働けない」を家庭だけの問題にしたくない
もちろん、医療的ケア児の状態も家庭の事情も一人ひとり違います。
家庭で育てることを選ぶ人もいれば、保育園を利用して仕事を続けたい人もいます。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、
「働き続けたいのに、子どもに医療的ケアが必要だから預け先がなく、仕事を続けられない」
という状況は、家族の努力だけで解決できる問題ではないと思います。
そして、ここは今回の記事を書くうえで強く感じていることですが、
保護者が必死に交渉できた家庭だけが、必要な時期に保育を利用できる仕組みであってほしくありません。
わが家も、最初から入園への道筋が見えていたわけではありません。
通常ルートでは妻の復職期限に間に合わないと分かってから、妻は役所をはじめ複数の場所へ相談し、私も別の方法で働きかけることになりました。
医療的ケア児の保活で早めに確認・相談したいこと

医療的ケア児の保活は、一般的な保育園申込みとは違う確認や調整が必要になることがあります。
わが家も実際に動いてみて、
「もっと早い段階から確認しておくことが大切だった」
と感じました。
これから保活を始める方は、少なくとも次の点を自治体へ相談しておくことをおすすめします。
自治体の保育担当部署へできるだけ早く相談する
まず確認したいのは、住んでいる自治体で医療的ケア児をどのように受け入れているかです。
通常の保育園申込みと別に事前相談や審査などが必要になる場合もあるため、申込時期になってから動き始めると間に合わない可能性があります。
子どもの退院時期や親の復職時期が見えてきたら、
「医療的ケア児の保育園入園を考えている」
と早めに保育担当部署へ伝えておくのがいいと思います。
対応できる医療的ケアと看護師の配置を確認する
次に確認したいのが、
- わが子に必要な医療的ケアへ対応できるか
- 受入可能な保育園はどこか
- 看護師など必要な人員をどのように配置するのか
- 何歳から受入可能なのか
- 受入人数に上限があるのか
- 入園までにどのような手続きや審査が必要なのか
といった具体的な条件です。
「看護師がいる園はありますか?」だけではなく、わが子に必要なケアを具体的に伝えて確認することが重要です。
一つの窓口だけで話が進まなければ、ほかの相談先も確認する
医療的ケア児と家族を支援するため、各都道府県には医療的ケア児支援センターなどの相談窓口が設けられています。
保育だけでなく、福祉・医療・教育など複数分野にまたがる相談をつなぐ役割があります。
自治体との相談で困っている場合も、
「ほかに相談できる機関はないか」
を確認してみる価値があります。
また、主治医にも保育園への入園を考えていることを伝え、集団保育で必要になる医療的ケアや注意点について相談しておくと、その後の自治体や園との調整にもつながります。
わが家の場合は、一度相談しただけですべてが解決したわけではありませんでした。
妻は役所やさまざまな関係先へ何度も相談し、私も市議会議員や県議会議員へ状況を伝えました。
そして2026年9月。
当初は妻の復職期限に間に合わない可能性が高かったAoの保活が、ようやく大きく動き始めました。
通常なら2027年4月入園。それでも妻の失職を避けるために動いた
この記事の元になった記録を書いた当時、わが家にはまだ解決策がありませんでした。
Aoが保育園に入れなければ、妻は復職できない。
でも、通常の流れで入園できるのは2027年4月。
それでは妻の復職期限に間に合いません。
「仕方がない」で待っていたら、妻が仕事を失う可能性がある。
そこで、できることを一つずつやっていくことにしました。
妻は役所をはじめ、さまざまなところへ相談した
ここから妻は、本当に動きました。
役所へ相談し、納得できないことがあれば意見を伝え、ほかに相談できるところがあれば、そこにも話をしました。
一度相談して、
「医療的ケアが必要なので難しいですね」
で終わらせるわけにはいかなかったからです。
わが家が求めていたのは、特別扱いをしてほしいということではありません。
妻が仕事を失わずに済む時期までに、Aoを安全に預けられる体制を整えられないか。
その方法を探していました。
私は市議会議員や県議会議員へ陳情した
妻が行政や関係先へ働きかける一方で、私も別の方法を探しました。
その一つが、市議会議員や県議会議員へ現在の状況を伝えることでした。
医療的ケア児を育てる家庭が保育園を必要としていること。
入園できる時期によっては、妻が仕事を失うこと。
家族だけでは解決することが難しい状況になっていること。
これらを伝え、行政へ働きかけてもらえないか相談しました。
議員へ陳情するまでの経緯や、実際にどのように動いたのかについては別の記事に詳しく書いています。
2026年9月9日、ようやく入園に向けて具体的に動き始めた
そして、この記事をWordPress用に書き直している2026年9月9日。
保育課から、一つの連絡がありました。
Aoの保育園入園について審議する会議が行われ、そこで特に意見は出なかったとのこと。
まだ正式に入園が決定したわけではありません。
それでも、これまでの
「そもそも入園できるのか」
という段階から、
「実際の入園に向けて具体的に動く」
という段階まで、ようやく進むことができました。
現時点では、最短なら2026年11月。
ただ、さすがに11月からの入園は難しい可能性もあり、現実的には2027年2月までの入園を見込んでいます。
「たった2か月」の前倒しで、妻が仕事を失わずに済むかもしれない
通常の流れであれば、Aoの入園は2027年4月になる予定でした。
それが2027年2月までに入園できれば、約2か月早まります。
数字だけを見れば、たった2か月です。
でも、私たち家族にとって、この2か月の意味はまったく違います。
4月では、妻の復職期限に間に合わない。
2月なら、間に合う可能性がある。
つまり今回の約2か月の前倒しによって、妻が仕事を失わずに済む見通しが立ってきたのです。
もちろん、2026年9月9日現在、まだAoが保育園に入園したわけではありません。
だから「解決した」と書くこともできません。
それでも、元の記事を書いたころには見えなかった道が、ようやく見えてきました。
なぜ医療的ケア児の家族が、ここまで動かなければならないのか
今回、妻はさまざまなところへ相談しました。
私も議員へ陳情しました。
その結果として入園時期を前倒しできる可能性が出てきたことは、わが家にとって本当に大きなことです。
でも同時に、思うことがあります。
もし、私たちがここまで動かなかったらどうなっていたのだろう。
おそらく通常の流れで2027年4月の入園を待ち、その前に妻の復職期限を迎えていたはずです。
そして、これは「頑張って行政へ訴えたから解決しました」という成功談だけで終わらせてはいけないとも思っています。
役所へ何度も相談する。
ほかの相談先を探す。
議員へ状況を伝える。
すべての家庭が、そこまで動けるとは限りません。
保護者がどれだけ声を上げられるかによって、仕事を続けられるかどうかまで左右されるとしたら、それでいいのだろうか。
医療的ケア児の保活は、単に「保育園が見つからなくて困る」という問題ではありません。
子どもの安全、親の仕事、家族の収入、そしてその後の生活までつながっています。
わが家の保活は、まだ終わっていません。
Aoが実際に保育園へ通える日まで、この先の経過も記録していこうと思います。
まとめ|医療的ケア児の保活は家族の生活そのものに関わる問題
医療的ケア児だからといって、保育園に入れないわけではありません。
在宅酸素や吸引、経管栄養などに対応している自治体や保育施設もあります。
しかし実際の保活では、必要な医療的ケア、看護師などの人員配置、受入可能な園や人数といった条件が重なり、「制度上は入園できる」と「必要な時期に入園できる」はまったく別の話だと感じました。
わが家の場合、通常の流れならAoの入園は2027年4月。
でも、それでは妻の復職期限に間に合いません。
妻が各所へ相談し、私も議員へ陳情するなどして動いた結果、2026年9月9日現在、2027年2月までの入園に向けて具体的な調整が進み始めています。
わずか約2か月の前倒しです。
それでも、その2か月によって妻が仕事を失わずに済む可能性が見えてきました。
医療的ケア児の保活は、子どもの預け先だけの問題ではありません。
親の仕事や収入、その後の家族の生活にもつながっています。
そして今回の経験を、「声を上げれば何とかなる」という話だけで終わらせたくありません。
すべての家庭が、役所へ何度も相談したり、さまざまな相談先を探したり、議員へ陳情したりできるわけではないからです。
必要な医療的ケアがある子どもを育てながらでも、親が希望する働き方を諦めなくて済むこと。
そんな選択肢が、特別な交渉をしなくても当たり前に用意されるようになってほしいと思います。
わが家もまだ入園が正式に決まったわけではありません。
Aoが実際に保育園へ通えるようになるまで、今後の経過も記録していきます。

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